大阪府豊中市・聖ミカエル保育園 AIの分析を活かした「見取り」体験を通じて、保育者が現場で考えたこととは?
「子育てしやすさNo.1プロジェクト」を推進し、デジタル行政・地域教育などの政策を積極的に展開している大阪府豊中市。長い歴史を持つ同市の聖ミカエル保育園は、こども家庭庁が実施する保育ICTラボ事業に参画、保育AIを子どもの「見取り」に活かす最先端の実証実験をスタートさせました。
夏から冬にかけての約半年間、保育AIによる分析結果を用いて「見取り」を行ったことで現場にはどのような変化が起きたのでしょうか? 聖ミカエル保育園の市原容子園長(写真左端)、副主任を務める斎藤みち先生(写真中央右)と廣瀨紗希先生(写真右端)、保育士歴3年目の垣内友希先生(写真中央左)にお話をうかがいました(※導入前のインタビュー記事はこちら前編・中編)。
【まとめ】
・保育AIの提案をヒントに「季節の遊び」を実践し、子どもたちの予想を超える反応を引き出せた
・「子どもはできない日があっても大丈夫」と書かれたAIの分析レポートが、保育者の心理的余裕を生み出し、長い目で見守る姿勢を後押しした
・ICT活用により業務省力化が進み、職員同士が保育観を語り合う「対話」の時間が格段に増加した
・AIの力を味方につけながらも、保育者自身が「考える力」を育てる重要性を再確認
・半年間の実証実験を通じて、ICT・AI活用が「ホワイトな職業」としての保育士の未来を切り拓く可能性を実感した
分析レポートの内容が前回よりも読みやすく
―保育AIによる分析結果をもとに「見取り」を始めてから約半年が経過しました。数週間前には、2回目の分析結果も提供されました。その後はどのような変化はありましたか。
垣内:前回と比べると分析結果の文章が読みやすくなったと感じます。パッと見て一目で難しい用語が減って、読みやすくなったことがわかりました。
廣瀨:私も同じ感想を抱きました。1回目の分析結果では「これってどういう意味だっけ?」と戸惑うような用語がありましたが、今回はすごく読みやすくなっていたと思います。「巧緻性」のような難しい言葉が、「指先を使う細かい動き」のようなわかりやすい表現に置き換わっていたので、すっと理解が追いつきました。
垣内:遊びに関しては、前回はどんぐりを使った秋らしい遊びを保育AIが提案してくれましたが、今回はすごろくなどのお正月遊びが提案に盛り込まれていましたね。すごろく遊びはまだ準備中ですが、旬の大根を使ったクッキングは子どもたちと一緒に実践して好評でした。
斎藤:お正月らしく「餅つき」をしたのですが、蒸籠で餅米を蒸すときに、餅米と大根を並べて蒸してみんなで食べたんですね。大根は縦に切ったり輪切りにしたりと、切り方に変化をつけてただ蒸しただけなのですが、子どもたちは「味が違う!」と感想を言いながら楽しんで食べていました。次回はお出汁で炊いた大根を一緒に食べる予定です。

―季節の行事や旬の野菜を使った遊びが提案されたのですね。他にはどんな提案がありましたか。
斎藤:「小鳥のレストラン」というユニークなタイトルの提案が目を引きましたね。おそらく私たちの園の庭に鳥がよく遊びにくるのでそんな提案がAIから出てきたのかもしれませんが、よくお散歩で出向く近くの裏山には小鳥がたくさん木にとまりにくるんです。そこで餌をあげて小鳥の観察ができたらおもしろいかもね、というアイデアも出て職員同士で盛り上がりましたね。
垣内:僕は今回のAIからの提案を参考に、正月遊びとして羽子板をダンボールで自作してみたんですね。外遊びが難しい季節ですから、室内でエネルギーを持て余している子のちょっとした楽しみになればいいな、という気持ちだったのですが、子どもたちがこちらの想像以上に羽根つきに夢中になっていて驚きました。
最初は室内で遊んでいたのですが、だんだん人数が増えて「外へ行こう!」「次、私の番だからね!」という流れになり、順番待ちの列ができていましたね。他にも、正月遊びつながりだと「タコボール」というタコの足のようなぴらぴらがついた小さなボールをつくって、それを足でポンポン蹴る遊びも盛り上がりました。

AIの提案をヒントに遊びをブラッシュアップ
―垣内先生は工作が得意だとお聞きしました。AIの提案をヒントに、先生の得意分野がさらに磨かれる効果があったのでしょうか。
垣内:その作用はあるかもしれません。これまでも「この遊び、おもしろそうだから園で取り入れたいな」と思っても、制作が難しそうなどの理由から躊躇することもあったんですね。でも、「ここをこう工夫したら簡単にできるかも?」という意識に少し切り替わったような気がします。
市原:子どものどんなところに目を向けるか、という意味でもヒントになる提案が多かったです。例えば子どもたちの絵を見るときも「色がきれいだね」といった表面的な部分だけではなく、「こんなに細かい部分まで描き込んでいる」といった見方をAIに教えてもらえたところはありましたね。
廣瀨:私は幼児クラスの担任ではないので、子どもたちの変化までは追いかけきれてないのですが、先生方の変化は近くで見ていてもなんとなく感じられます。「◯◯ちゃん、今日はこんな姿が見られたよ」「野菜の千切りのときにこんなことがあったよ」など、新しい試みや写真の共有などを通じて先生方が互いに子どもたちの変化を伝え合う機会が増えたように見えます。
斎藤:私たちは毎日、大勢の子どもたちと接していますから、どうしても「幼児クラスなら、もうこれくらいできたほうがいいよね」という目で子どもを見てしまうことがあるんですね。着替えや排泄のような生活面でも、遊びの段階にしても、つい気持ちが急ぎすぎてしまうことがある。でもそんなときに「できない日があっても大丈夫。体調や気分でできることが変わる年齢ですから」とAIの分析結果にあった一言を目にして、「ああ、本当にそうだな」とハッとさせられました。「今日はできなくても、明日はできるかもね」くらいのゆったりした心持ちで、長い目で見ていくことを忘れないようにしようとあらためて気付かされましたね。
―AIによる分析に関して、「ここが改善されるともっと保育現場で活用できそう」と感じた点はありますか。
垣内:僕の場合は保育中に「この瞬間を写真に撮りたいな」と思っても間に合わないタイミングが多いので、全方位を撮影してくれる定点カメラのようなものがあると、見取りや振り返りに役立つのかなと思います。
廣瀨:その気持ちは私もわかります。普段は手が塞がってしまうことが多いのですが、それまでひとり遊びしかしていなかった子が、友達の輪に入って遊び始めた……などの変化する瞬間を残せるような仕組みができたらうれしいなと思いますね。

保育の現場にAIはどこまで入っていける?
―園長先生は保育AIによる分析を通じて、どのような感想を抱かれましたか。
市原:分析結果のわかりやすさが前回よりも格段に増したことは私も同感です。その分析レポートを材料にして、職員同士で話し合う時間が確実に増えたことも、いい変化だと感じています。
先日、実習生を受け入れたのですが、その方は文章を書くことがとても苦手だったんですね。日誌や書類が書けないと、実際に現場で働き始めてからも苦労することになります。でも、もしAIによるサポートで分析結果がある程度まで文章化され、そのテキストを素材として活用できるようになれば、そこから必要な表現を引用したり、自分の気づきと組み合わせたりすることができるようになると思うんです。AIが提示した足がかりがあれば、文章作成が苦手な保育士であっても自分なりの記録を積み上げやすくなるはず。そんな使い方が浸透すれば、現場にとっては非常に大きな助けになる気がします。
一方で、園長という立場から考えると、AIによる見取りの提案があまりにも丁寧で易しいと、保育士自身の「考える力」を伸ばす妨げになるのでは、という懸念もあります。今回の保育AIによる分析は実証実験ですが、経験を積んだベテラン保育士であれば分析結果から要点がパッと理解できても、経験が浅い保育士には助けになる一方で、AIの言う通りに実践してしまう危うさもあるかもしれません。
斎藤:それに近いことは私も感じました。たとえば信頼している人からのアドバイスと、あまり信用できない相手からのアドバイスを比べたときに、同じ内容でも信頼している人からの言葉のほうが響きますよね? 私たちは人間ですから、「誰」がその言葉を発しているのか、というところも含めて言葉を受け取っている部分があります。だから、見取りの分析結果に感心しながらも、「ところでこのAIって、保育士歴は何年目なんだっけ?」という考えが脳裏をよぎったこともありました(笑)。
―保育園は子どもの成長を見守る場であると同時に、それを支える保育者の成長の場でもあるのですね。そのような意味で、ただ「正解」を差し出せばいいわけではない、という視点はどちらにも共通していることかもしれません。
市原:保育士自身の成長という観点も含めると、「わかりやすさ」を最優先にすべきではないのかもしれない、と考えさせられました。そのバランスをどこでどう取るかがきっと難しいのだろうとは思いますが、保育士が「これってどういうことだろう?」と自ら思考していける。そんなニュアンスが含まれる材料が提示されるならば、AI活用は現場のよりよい学びにつながっていく心強い存在になるのではないでしょうか。

斎藤:大人も子どもも、その人自身のなかで生まれた「問い」が、次につながっていきますからね。幼児クラスの担任をしていると痛感しますが、一方的に正解を差し出したり、正しい知識を詰め込んだりするだけでは、どうしたって子どもたちの成長にはつながらないんですよね。子どもたちが自分で見つけた疑問や発見を、どうやってその子自身はもちろん、クラス全体でも展開していけるのか。そこは私たち保育者も試行錯誤している真っ最中です。
ICTラボ事業を体験したから見えてきたこと
―ICT先進園である聖ミカエル保育園だからこその、未来を見据えた見解だと感じました。最後にあらためて、この半年間の保育ICTラボ事業を通じて見えてきたことを教えてください。
市原:私たちの園は2022年にICTシステムを導入して以降、デジタル活用によってもたらされる数多くのメリットを実感してきました。以前は19時以降も園に残っている職員が多かったのですが、今は17時過ぎにはほぼ全員が帰宅できるようになりました。子どもたちの成長について話し合うカリキュラム会議の時間も、他園には驚かれるほどたっぷりと時間を取れています。
実はうちの娘は今高校生なのですが、将来の夢について聞いてみたら「ホワイトな職業につきたい」と言われたんです(笑)。さらに「お母さんの仕事はブラックだよね」とも。娘の目には、保育士は全然早く帰れなくて多忙な仕事に映っているんだなと実感しました。若い世代がそんなイメージを抱いたままだと、保育士を志す若者は減っていく一方ですよね。
だからこそ、保育AIやICTを取り入れて、「ここはAIに任せられる」「ここは人の手でなければ」という業務の区分けをきちんと整理していくことが大切だと思うんです。そうすれば、保育士という仕事の本質である、子どもと関わり、子どもから学び、子どもを育てることに集中できる職業として再認識されていくのではないでしょうか。
―新しい技術が保育者が本来の仕事に向き合う時間を生み出すことにつながるのですね。
市原:他にも、先生同士の対話が増えたおかげで、「この先生はこんな保育観を持っていたんだ」「そんな捉え方もあるんだ」と気づく機会も増えて、私自身も多くのことを学ばせてもらいました。若い先生方が自分のやりたい保育について、自由に言葉にできる場づくりの大切さも再確認しています。
その上で、保育の根幹にあるものはなんだろうと考えると、やはり「人と人のつながり」に尽きるのだと私は思っています。AIは便利な道具ですが、AIが保育の現場に進出するのであれば、それ以上に私たち保育者も「考える力」を手放さず、人として成長していかなければなりません。今回の保育ICTラボ事業に参加したおかげで、そのことに気づかされました。自分たちが目指す保育の理想について、園全体であらためて考えさせられる機会をいただけたことに感謝しています。

■聖ミカエル保育園
事業種別:認可保育所
定員:48名
所在地:大阪府豊中市緑丘2-19-17
施設名